脳チャット(旧マインドトーク)とは何か

※マインドトーク=脳チャット

脳チャット洞察法のキーワードになっているのが「脳チャット」(自動思考)という言葉です。

静かに自分の心を観察すると、頭の中で自分の意思とは全く無関係に、常時、何らかの「想い」が駆け巡っていたり、勝手な「会話」をしているのに気づきませんか?

とても嬉しい内容の電話があった時や、逆に大変腹立たしい内容の電話であった時、その受話器を置いた後も、相手との会話が頭の中で「ああでもない、こうでもない」と、延々と続いていることがあります。それらの想いや会話に引き出されるかのように、喜・怒・悲・楽・希望・愛情・煩悶・恐怖といった様々な感情が沸き起こり、思考や会話が自動的に続いていくことに気づくと思います。このような心の中のおしゃべりを、脳チャット洞察法では脳チャット(旧マインドトーク)と表現します。

多くの場合、人は、その脳チャットを自分自身が思い、自分自身が考えていると認識しています。というより、その主体者として、意識的に、思考や会話をしているような錯覚に囚われ、脳チャットを自分自身と完全に「同化」して捉えていることが多いいのです。

感情を自分自身だと思う。妄想を自分自身だと思う。この脳チャットとの「同化」が、自己を見失わせ、自己を翻弄させている、あるいは、自己を破滅に導く原因であることに気づかなければならないのです。多くの感情は、「今、一瞬」の「思い」に引き出された、「過去の記憶とその時の感情を再燃させたもの」にしか過ぎないのです。今の思いは、今の瞬間のものでしかないのです。

脳チャット洞察法では、「自動会話や、想い、感情といった脳チャットの一瞬一瞬の真只中に、第三者として客観的に存在する方法」を「脳チャットに気づく(を観る、を放す、を切るとも言う)」と表現します。

例えば、隣で喧嘩をしている人が居るとします。その会話がはっきりと聞こえてくるのに気づきますが、第三者である自分は、何の腹立ちを覚えたりもしません。ただ聞いているだけです。あまりに喧嘩の声がうるさければどこか静かな所に、サッと移動することでしょう。

それは、自分の心の中の脳チャットに対しても同じことが言えるのです。

日々の生活の中で「客観的に隣の喧嘩に気づく」ように「脳チャットに気づき」、「隣の喧嘩をただ聞いている」ように「一瞬一瞬の脳チャットを認識している」ことが重要なのです。そして、「どこか静かな所へ移動する」という行動は、「延々と続く脳チャットを放すとか、切る」という行為にあたります。

脳チャットと同化している自己を切り離して客観的な目でみることにより、正確に自己認識をすることができます。それは、自己の性格構造を理解し、心のクセを修正し、自然に自分の抱えている問題を溶解していくことになります。

その結果、自己成長を図ることができるのです。それは、2、3歳の子供を「愛しみのこころ」で眺めながら、その行動を修正していくのに似ています。